水曜デモとは

日中戦争(十五年戦争)・アジア太平洋戦争中、日本軍は兵士たちの性的欲求を満たすため「慰安所」をつくり、植民地や占領地にいる数多くの女性たちを強制的に性奴隷としました。「慰安婦」とされた女性たちは、繰り返し性暴力と虐待を受けました。日本の敗戦により解放されたはずの被害女性たちは、日本軍兵士に無理やり性行為を強要され、辱められたことを誰にも言えずに長い間生きるしかありませんでした。しかし日本軍の関与はなかったという日本政府の対応に、90年代になって一人、二人と名乗りを上げ事実を話し始めました。それにより日本社会においてもやっと日本軍「慰安婦」の存在が知られるようになりました。 被害女性たちは日本政府に、真相究明、公式謝罪、国家賠償、責任者処罰などを求めて声を上げ始め、韓国では日本大使館前で1992年1月8日から毎週水曜日にデモが続けられてきています。 私たちは、すべての日本軍「慰安婦」問題の被害女性と連帯すべく第三水曜日に水曜デモを行います。

2009年5月8日金曜日

朴保さんのライブ行ってきました

5月4日阪急西宮駅近くのライブハウスで朴保(パク・ポー)さんのライブに行ってきました。以前、在日の日本軍「慰安婦」被害女性の宋神道さんの映画のエンディングテーマが彼の『傷痍軍人の歌』という歌だと知り、どんな方かなあーと、とても気になっていました。
ライブハウスというにはこじんまりしたスペースでしたが、馴染みの方ばかりでアットホームな感じがしました。西宮の方がいらっしゃったので、早速水曜デモの宣伝もさせていただきました。済州島から京都に来ておられた4・3事件の研究者のご夫婦と拙いハングルでおしゃべりしたりしたり。ライブと交流会という感じでとても楽しい時間を過ごさせていただきました。
朴保さんは、とても気さくでサービス精神旺盛な方でした。熱さとやさしさが同居していて、シャイな、とても「味のある」ミュージシャンとお見受けしました。アメリカン・ロックのようでもあり、フォークロックのようでもあり、ハードロックのようでもあり。彼の歌はメッセージソングですが、それが詩となっているように思います。
特に素敵なのは彼のモクソリ(声)です。少しハスキーヴォイスですが、とてもよく通る、荒野に吹く風のようにかろやかで、鋭いですが、優しい肌触りの、そんな声です。(みなさまわかりますか?表現力がないので申し訳ないですが)

詳しくは、朴保オフィシャルサイト

http://www.pakpoe.com/index.htm

を参照して下さい。今後のライブ予定もアップされています。彼を応援するプロジェクトも開始されました。彼の温かい人柄に触れてください!

宋神道ハルモニの映画『オレの心は負けてない』のエンディングテーマの『傷痍軍人の歌』です。
じっくり聴いてください。心が揺す振られます。
映画もおすすめなので、また上映会などやりたいと思います。

2009年4月23日木曜日

キル・ウォノクハルモニの来日中止

被害女性の方々は、高齢になられています。これからますます、直接に証言をきく機会が少なくなっていくと思われます。
この現実を重く受け止め、一日でも早く、解決しなくてはという思いに駆られます。

被害女性の証言はありませんが、キル・ウォノクさんからのビデオレターや以前の証言のビデオなどを上映します。そして挺対協の新しいDVDも上映します。必見です。また挺対協から、ヤン・ノジャさんが特別に講演に来てくれます。
被害女性の直接の証言を聞くことはとても大切なことですが、ビデオや出版物、映画などでもこの問題のことについて知ることができます。これからの運動の方法など考えることになりそうです。
キル・ウォノクさんは、体調も戻られて、今週の水曜デモには元気に出ておられるそうです。ハルモニの気力、頑張りには本当に頭が下がります。

梁路子(ヤンノヂャ)さんプロフィール
韓国挺身隊問題対策協議会 幹事
1年3ヶ月 韓国外国語大学語学研修院に通い始めながら挺対協でボランティアをはじめ、その後 聖公会大学 社会科学部に編入し卒業までボランティアを続ける。大学卒業後、今年2月から正式スタッフに。在日3世、京都府出身。2008年の『関西フォーラム』では事務局を担当。

各地の集会主催者からの、メッセージをのせます。
■ 大阪
  吉元玉(キルウォノク)ハルモニが体調を崩し来日できなくなりました。ハ
ルモニの証言を期待された皆様に心からお詫びします。高齢の被害者の方々への謝罪と
補償は時間との闘いであることを改めて痛感しています。
  韓国挺対協の梁路子(ヤンノヂャ)さんに講演していただくこととなりました。キム
ウォノクハルモニはビデオレターで参加していくださいます。ぜひ今後私たちは何をで
きるか問い直す集会としたいと思います。ご参加ください。
■ 尼崎
  宝塚市議会意見書可決1周年を記念する集会に、韓国から被害女性をお呼びして証言集会を開催しようということになり、韓国挺身隊問題対策協議会から、2月20日に、吉元玉(キル・ウォノク)さんが来て下さると言うお返事をもらいました。
その後、みなさんに広くお知らせして準備を進めてきましたが、キル・ウォノクさんが体調をこわされ、2度検査入院をされたがおなかの痛みの原因がわからないとの知らせが来ました。
  キルウォノクさんは、「私が行かなければ」と、おっしゃっておられるとのことでしたが、私たちは、大事をとっていただいて、ビデオメッセージを送って下さるようにお願いしました。
  キルウォノクさんが来られるのを待っておられた皆さんには本当に申しわけありませんが、どうかお許し願います。そして、高齢の被害女性の方々が、お一人でも生きておられるあいだに、心から晴れやかに笑っていただけるように、一緒に運動してくださることをお願いします。
■ 吹田
  証言集会に来てくださる予定のキル・ウォノクさんが体調がすぐれないため来日できなくなりました。これまで痛い身体を引きずりながらも何度も日本に来て証言をしてくださいましたが、今は療養していただくことが大事だと判断しました。一日も早く回復されるようお祈りしながら、今回の集会は予定通り行います。
  直接被害者の声を聞きたいと期待していらっしゃる皆さま、大変申し訳ありませんが、ご理解をお願いいたします。また、被害女性たちが高齢になられており一日も早い解決が急がれることを肝に銘じて解決に取り組んでいきましょう。
  今回の集会ではキル・ウォノクさんの証言DVDを上映いたします。また、韓国挺身隊問題対策協議会から来ていただき、韓国の被害者の近況や運動の状況についての報告もあります。是非集会に来ていただき、「慰安婦」問題の真実を知ってください

2009年4月7日火曜日

海南島の戦時性暴力被害賠償請求高裁判決

遅くなりましたが、海南島の裁判の報告をします。

3月26日午後3時判決が言い渡されました。
請求は、棄却されました。
日中共同声明によって、請求権が放棄されている、という理由から。

不当判決!であるという弁護団の声明を以下に記載します。
残念な結果となりましたが、国内外の決議や意見書可決のことが明記されています。

弁 護 団 声 明

1 本日,東京高等裁判所第21民事部(渡邊等裁判長)は,日本軍によって「慰
安婦」とされた中国海南島の被害者が日本政府に対して謝罪と名誉回復並びに損
害賠償を求めた控訴請求事件(海南島戦時性暴力被害賠償請求事件)に関して,
控訴人らの控訴を棄却する判決を下した。

2 本件は,中国海南島において,旧日本軍(主として海軍)が中国人の少女を
強制的に拉致・監禁し,継続的かつ組織的に戦時性奴隷とした事案である。
本判決は,「本件被害女性らは,本件加害行為を受けた当時,14歳から19歳までの
女性であったのであり,このような本件被害女性らに対し軍の力により威圧しあ
るいは脅迫して自己の性欲を満足させるために陵辱の限りを尽くした軍人らの本
件加害行為は,極めて卑劣な行為であって,厳しい非難を受けるべきである。この
ような本件加害行為により本件被害女性らが受けた被害は誠に深刻であって,こ
れが既に癒されたとか,償われたとかいうことができないことは本件の経緯から
明らかである。」(判決書28頁)と認定している。
本件被害の質的側面においてもPTSDはもとより「破局的体験後の持続的人
格変化」も認定している(判決書30頁)。
以上の事実認定を踏まえ,国家無答責の法理を排斥したうえ民法715条1項を適用
し控訴人らの損害賠償請求権を認めた。

3 しかしながら,本判決は,2007.4.27最高裁判決を踏襲し,控訴人らの損害賠
償請求権について,日中共同声明第5項により「裁判上訴求する権能」が放棄さ
れたことを理由に控訴を棄却した。
  もっとも本判決は,最高裁判決と同様,個人の賠償請求権につき,その権利
は実体的には消滅しないと判示した。
  これは個人の賠償請求権につき,裁判上訴求する機能のみが失われたとする
ものであり,個別具体的な請求権について,債務者側において任意の自発的な対
応をすることは何ら妨げられないとを認めたものである。

4 この点,日本政府も,二国間条約で損害賠償問題は解決済みであるとの主張
しながらも,「慰安婦」の問題について解決されていない問題があると認め,
1993年,河野洋平官房長官の談話(以下「河野談話」という)において,被害者
に対して事実を認め謝罪をし,適切な措置をとることを表明した。
そして,日本政府は,「慰安婦」問題につき「女性のためのアジア平和国民基金
(アジア女性基金)」を設置したが,同基金によってすら中国人被害者に関して
は何らの措置もとられていない。
  したがって,本判決で損害賠償請求権が裁判上訴求できないからといって問
題が解決されたわけではなく,未だ河野談話の見地にたって解決されなければな
らないことにかわりはない。
  しかも,それは過去の戦後処理の問題ではなく,被害者らが今なお苦しみの
中で生きており,まさに現代において速やかに解決すべき課題である。

5 アメリカ連邦下院における対日謝罪要求決議の外,カナダ,オランダ,EU議
会,国連人権理事会,国連自由権規約委員会,ILO条約勧告適用専門家委員会等
々で解決を求める決議がなされている。このように国際社会は,被害を受けた女
性の尊厳と人権の回復のための真の措置をとるよう日本政府に強く迫っている。
  国内においても宝塚市,清瀬市,札幌市に続いて福岡市議会において3月25日
解決を求める決議が賛成多数で可決された。
  このように解決を迫る世論は国内外を問わず高まっている。

6 今,日本政府に問われているのは言葉ではなく行動である。真に河野談話を
承継し,また女性達の人権を侵害した問題であると理解しているのであれば,各
国議会決議や国際機関の勧告を受け,真摯な対応をすべきである。
  日本政府は,本判決で厳しく認定された加害の事実と深刻な被害の事実を真
摯に受け止め,被害者一人一人が納得するように謝罪をし,その謝罪の証として
適切な措置をとるべきである。
私たちは直ちに上告するとともに,日本政府に対してこれら被害者の要求が実現
されるまで戦い続ける決意を表明するものである。

 2009(平成21)年3月26日

海南島戦時性暴力被害賠償請求事件弁護団
中国人戦争被害賠償請求事件弁護団

2009年4月1日水曜日

3月18日第3回水曜デモin長田

3月は、第2水曜日阪急西宮北口でしたのと同じく、市民への街頭アンケートを行ないました。アンケートの質問内容は、「日朝問題」「慰安婦問題」「憲法問題」について、でした。具体的には、“2002年のピョンヤン宣言にしたがって日朝国交正常化を早く実現するべきである。”“「慰安婦」問題について、2007年以来、世界各国からまた国内市議会からから日本政府を批判する決議や意見書が可決されています。早急に公式謝罪をし、解決のための法律をつくるべきである。”“田母神前航空幕僚長が言ったように、日本は憲法を変えて戦争できるようにするべきである。”の3つの質問に、赤、青、緑、(そう思う、そう思わない、わからない)のシールを貼ってもらうという方法で、やってみました。

西宮は、
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3.11は急ぎ足で道行く人を呼び止めて街角アンケートを行いました。人数は10人程でしたが、世情の一端を覗かせていました。
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でした。
印象的だったのは、“ピョンヤン宣言ってなに?わからない。”という意見があり、分からないと答えた方が多かったということです。このアンケートをきっかけに、市民同士が日朝関係のことを少しでも話し合うことができました。

長田は、といいますと約8名の方が参加してくださいました。
印象的だったのはやはり、日朝関係について。一般市民は、偏った報道の結果、あまりにも共和国に対して知らないんだなあと、改めて感じました。“北朝鮮が国交を持っている国ってあるの?北朝鮮は、日本と国交を持ちたいの?”などのはっきりした疑問を投げかけて下さる方もいて、よいアンケートになったかと思います。
また、次回もやります。(迎撃などということがないように)

2009年3月26日木曜日

オーストラリアの2市議会と福岡市議会で意見書が可決されました

2009年に入ってからも、海外から、また国内からも
日本政府に対して、日本軍「慰安婦」問題の誠実な対応、解決を求める潮流はやみません。

オーストラリア(あの親日的な)の自治体2つ、3月3日ストラスフィールド市決議でまた同じくニューサウスウェールズ州のライド市で39日に市議会決議が採択されました。
キル・ウォノクハルモニの勇気ある証言がオーストラリアの人たちを動かしました。
詳しくは、おすすめサイトの“「慰安婦」決議に応え今こそ真の解決を!”をご参照ください。
決議の内容の訳文がのせてあります。

そして、3月25日福岡市の議会で、日本政府に対する意見書が可決されました。
以下に意見書の内容をのせます。

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日本軍「慰安婦」問題に対する国の誠実な対応を求める意見書

 

かつての戦争において、日本が近隣諸国の人々に多大な被害を与えてから、すでに64年経ちますが、いまだに人々の戦争被害の傷は癒されていません。そして直接の被害者のみならず、その子孫も親世代が傷つき癒されていないことで傷ついています。日本軍「慰安婦」問題は、その象徴的な被害です。

 

 2007年にはアメリカ、オランダ、カナダ、EUなどの議会において、日本政府に対し、「慰安婦」問題の責任を認め、公的に謝罪することなどを求める決議が採択されています。2008年にはフイリピンの外交委員会や韓国及び台湾の議会でも採択され、国連などの国際的な人権擁護機関からも早期解決を求める勧告が出されています。国際社会は「慰安婦」問題を現在に通じる重大な人権侵害と認識し、日本政府が誠実に対応することを要請しています。

 

「慰安婦」問題に誠実に対応することは、戦争を遂行するために女性の性が利用されるという人権侵害が二度とないようにするという日本政府の世界への意思表示となります。そして、アジアの人々の戦争被害の傷を癒し、和解して平和的に共存していく道筋を作ることになります。

 

被害者の訃報が相次ぐ中、被害者の存命中に納得できる解決が急がれます。

よって、福岡市議会は、国会及び政府が、1993年の河野内閣官房長官談話に基づき、次の事項について誠実な対応をされるよう強く要請します。

 

1) 被害者出席のもと、国会で公聴会を開くこと

2) 「慰安婦」問題の責任を認めて、政府は公的に謝罪すること

3) 「慰安婦」問題の解決のため、政府は被害者の名誉回復を図ること

 

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出します。

 

                               平成21年3月 日

衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、法務大臣、外務大臣、文部科学大臣 あて

 

                               福岡市議会議長 川口 浩 

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マスコミは、自衛隊の迎撃の準備のことを当然のことのように垂れ流して、
市民の平和運動や非戦・反戦運動のことはないがごときのように、ほとんど伝えません。

去年の3月26日のこの日に、宝塚市議会で意見書が可決されてから、東京都清瀬市
札幌市と議会から意見書が可決されています。そして今また、朗報が、、、。
これにつづいて、現在、日本全国で取り組みが行なわれています。
近隣の地域での運動に御協力お願い致します。



2009年3月13日金曜日

「識字教室」の作品展


2月26日~28日 識字教室の作品展がありました
毎年恒例の作品展が開催されました。(地域の文化・発表会に参加という形です)毎週月曜日・水曜日は午後1時から、土曜日は10時から、識字教室が開かれています。年に1回、このようにして習字や作文を発表するのです。

習いにこられている方々は、在日コリアン一世のおばあさん達、日本人のおばあさんお一人、在日中国人のおばあさんお一人、数名の男性(嘗て、路上生活をされていた方々)です。「識字って何だ?」と思われる方は、“部落解放”“字を識る”“パウロ・フレイレ”などをキィワードに勉強して下さい。私もまだまだ解っていないですし、ここで簡単には言えないので、、、。
みなさん、今まで、“字が書けない、読めない”ということで、日常生活に不便を強いられるだけでなく、情報格差や仕事の機会の格差、社会的に不利益を被らされ、結果的に差別されてこられた方々です(逆も真なりですが)。しかも、「字が読めない、学がないから自分はだめだ」と思わされてこられました。
在日コリアン一世の方は、夜間中学や、定時制高校に行かれた方も多くいます。また、逆に識字教室を通じて、夜間中学や定時制高校に行かれるようになった方もいらっしゃいます。
私は、“先生”として参加しているのですが、教えるというよりは、教えてもらっています。みなさん、歴史の生き証人ですから。お話、作文の内容は、本当に貴重です。聞かせていただく機会があることが、本当にありがたいと思います。
父や母が12歳になったら、「慰安婦」にされるからと、日本に働きに行っている男の人と結婚させられたから日本に来たというハルモニ。
南京に行く進路沿いに故郷があり、鉄道を日本兵が毎晩見張っていた、日本兵が女の人をさらって乱暴するから、おかあさんが、顔を真っ黒に塗ってドブ(排水溝)に小さくなって隠れなさいと、言われ言う通りにしていた、というダーニャ。
被害女性達と変わらない世代です。同じ場所にいて、被害にあったか、あわなかったかの違いです。ここにいらっしゃるおばあさんたちも、同じ経験をしたかもしれない、、、。

おばあさんたちの辛い体験を乗り越えてきた逞しさ、強さ、明るさ、優しさ、寛容さ、ユーモアに、尊敬の念を抱かずにはおれません。
“もっと長生きしてもっと勉強して思ったことぜんぶ書きたい。それで死んだら死んだら思いのこすことはない。”(あるハルモニの文章)みなさん、学ぶことにとても熱心で、喜びにあふれています。
お花見や遠足では、歌って踊って食べてと楽しむのですが、最近は、やはり、みなさん高齢となられているので、体調を崩されたり、足がいうことを利かなくなったり、参加が難しくなる方もいらっしゃいます。
勉強しているのは、「日本語」。多くの方にとっては、かつての侵略者、抑圧者の言葉です。日本に住んでいるなら、日本語ができることは強みになるのですが、、、。複雑な思いにとらわれている今日この頃です。

2009年3月10日火曜日

国際女性の日に戦争と女性の人権博物館着工式

3月8日、国際女性デイのこの日、ソウルの西大門で、『戦争と女性の人権博物館』の起工式「希望の地を固める」行事が開かれました。

『戦争と女性の人権博物館』についてパンフレットから。

建設の背景と主旨

1990年11月16日に韓国挺身隊問題対策協議会が発足し、日本軍「慰安婦」問題を解決するための運動を始めて15年がたちました。この間、国連やILOなどの国際機関は日本軍「慰安婦」制度を、反人道的な犯罪であり戦争犯罪であると規定して、日本政府に法的責任を追及する勧告を出しました。

 しかし、日本政府は未だに罪を認めず、法的責任も回避しており、被害者たちは一人一人と解決を見届けることなく亡くなっているのが現状です。

 運動が始まった時、被害者たちの勇気ある証言によって、私たちの社会は過去の歴史を振り返ることができました。被害者たちは、人権と平和のための生きた教科書となってくれたのです。

 そして今、私たちは彼女たちの勇気ある告白を、希望に変えていかなければなりません。生きた歴史である彼女たちが私たちのそばから離れていく前に、『戦争と女性の人権博物館―日本軍「慰安婦」被害者の尊厳回復のために』を建設しようと思います。

 この博物館を通じて日本軍「慰安婦」ハルモニたちの名誉と人権を回復させ、二度と人類の歴史上にこのような犯罪が再発しないように教育し、人権と平和を愛する人々を増やしていきたいと思います。今もなお世界のあちこちで続けられている戦争と、その中で暴力を受けている女性たちの問題を明らかにし、連帯することでその女性たちに希望を与えたいと思っています。

 博物館建設のため市民の力を集めて下さい。

  〔戦争と女性の人権博物館〕共同建設委員長

(建設の目的)
1.日本軍「慰安婦」被害者の名誉と人権回復
2.次世代のための人権教育・平和教育・歴史教育
3.日本軍「慰安婦」のような類似犯罪の再発防止
4.戦時の女性に対する人権蹂躙犯罪解決運動と連帯
(構成計画)
教育館、運動史館、戦争と女性の人権館、歴史・生涯館、個別生涯館、体験館、資料室、特別展示館、ハルモニシムト(休憩場)



8日の着工式における韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の常任代表である尹美香さんのメッセージです。

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「希望の地鎮祭(地固め)」をともにして下さって本当に喜んでいます。
皆幸せそうで、私たちも幸せだったのです、力をもらいました。
今日の着工式を通して、「私たちはやりとげられる」という確信もできました。
ありがとうございました。
忙しい歩み、困難な歩みを、希望の歩みにして、平和と人権を歌って下さり、博物館の完工を祈って
下さって、心より感謝いたします。
全てのことが美しい寄付でなし遂げられるよう才能を寄付して下さり、お気持ちを寄付して下さって、博物館建設基金に寄付を送って下さって、感謝申し上げます。
日本から約60人が参加して、航空料、ソウル滞在費を使われていたにもかかわらず、博物館建設のための後援支援金も持ってきていただきました。
それらの寄付をくださった方たちを思って、余裕のない中からも、そのようにいただいた寄付なので、その封筒を受取りながら、封筒の上に涙落とすほかはありませんでした。
今回の着工式を迎えて、送ってくださった寄付は、日本から来られた方々が、110万円以上を集めて下さり、国内でも1700万ウォン余りを集めて下さいました。
毎月定期的に後援されると言って、CMSの自動振替申込書を書かれた方もいました。
歩みをさらに進めたいと思います。私たちの志が結実を見られるように、それで、もう一度今日の着工式席で再会して、真の平和の踊り、解放の踊りを踊れる日を期待したいと思います。
その日のために努力いたします。もう一度、今日共にして下さって、心より感謝申し上げます。
そして、今後もいつもそばでご一緒することを、恥知らずながら、もう一度お願い申し上げます。
3月8日の一時間を越えた時間に、感謝の気持ちを込めて...

尹美香(ユン・ミヒャン)常任代表
韓国挺身隊問題対策協議会

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同博物館は、ソウル・西大門独立公園内に建てられ、2010年8月完工を目標としています。地下1階、地上3階、延べ面積約1,233平方メートルの館内には日本植民地時代の歴史、「慰安婦」被害者が受けた被害や人権問題などに関する各種資料が展示されます。約35億ウォン(約2億1640万円)と見積もられる事業費も、募金額が17億ウォンにとどまっています。着工式の後も、残りの事業費をまかなうための募金活動を続ける予定です。博物館完成まで、今後もさらなる協力が必要です。
本来なら、このような施設は、日本国内にこそあってしかるべき、なはずです。韓国の女性運動に学び、そして共に進んでいきましょう。博物館建設は、私たちの仕事でもあるのです。募金活動にご協力をお願いします。

詳しくは、おすすめサイトの“「慰安婦」決議に応え今こそ真の解決を!”をご参照ください。